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私が公務員を辞めてハッピーになった話 – 第2話:1年目で辞めますと上司に言う編

転職

私は、新卒で公務員になり、4年間働いて公務員を辞めました。

私には公務員の仕事が合わなかったので、公務員を辞めて幸せになったし自由になりました。

でも、公務員って辞めるのにすごく勇気がいると思います。誰も辞めないし、反対する人も多いし、不安にもなります。

なので、公務員を辞めたいと悩んでいる人が読んでくれたらいいなと思って、この記事を書いています。

前回の記事、「私が公務員を辞めてハッピーになった話 – 第1話:1年目で辞めたくなる編」を読んでいない方は、ぜひ前回の記事を先に読んでいただけたらと思います。

1、上司に辞めますと言う

前回の記事で書いたとおり、もうすぐ公務員になって1年が経つ2月半ば、上司に辞めるって言うと決意しました。

言うのはものすごく勇気が入りました。
周りには、定年退職以外で辞める人を見たことがなかったし、みんな定年まで公務員として働くこと前提で話をしていました。
なので、1年目の私が辞めるって言えるような雰囲気では全くなかったです。
「定年まで頑張ってね!」って感じの雰囲気でした。

職場には、今まで「辞めたい」みたいなことは全く漏らしていませんでした。

でも、フィリピン留学を申し込んで自分を追い込んで、言わなきゃいけない状況にしました。

言った日は、朝からずっと緊張していました。
どうやって言ったらいいか手順もわかりませんでした。

まずは、直属の上司である係長に言わなきゃと思って、「ちょっとお話したいことがあるのですが」と声をかけました。

朝言ったか、昼休みの後に言ったか、帰る間際に言ったか、今となってはもう覚えていません。帰る間際だったような気もします。

それで、係長を、ちょっと席から離れた打ち合わせスペースに呼び出して、「なに?話って?」って言う係長に、「3月末で辞めたいと思っています。」って思い切って言いました。

そしたら係長は本当にびっくりして、「こういう事は、ちゃんと個室で話さないと。今すぐ会議室取って!」と言われました。

私は、「え、そうだったんだ・・・。」と思って、慌てて会議室を予約して、他の人に話を聞かれない個室で話すことになりました。

辞めたい理由は、あんまり覚えていないですが、「やりたい仕事ではない。」とか、「やりたい仕事が何か考えるために辞めたい」というようなことを言ったと思います。
今思えば、うまく話せなかったと思います。
でも、「意思は固いし、留学も申し込んである」って伝えました。

すごく驚かれて、本当に本当なの?と何度も聞かれた気がします。
まだ1年しかいないから、他の部署も経験していないのに、それで良いの? というようなことを聞かれた気がします。

私は、何を言われても、「辞めたいという気持ちは変わらないです」って言いました。

それで、係長との話は、意外とすぐに終わって、これから課長に報告するけど、もう後には戻れないけど良いですか?って最後に聞かれて、「はい。」と答えました。

なんか、大ごとになっちゃったな・・・という感じがしました。

次の日に、職場のメールを開いてみると、仕事を沢山教えてくれた隣の席の先輩から、長いメールが入っていました。
係長から、私が辞めるって言ったことを聞いたみたいでした。

覚えていることは、3月末に辞めるのに、2月半ばというこの時期に言うのは、ギリギリすぎる。(遅すぎる。)
役所は、人事異動の準備が大変だから、遅くても年明けには言わないといけなかったよ。みたいなことだったと思います。
でも、最終的に、辞めることについては応援してくれる感じでした。
(言うの遅すぎるってところが衝撃的で、他はどんな内容だったかあまり覚えていないです。ごめんなさい。)

当時の私の考えは、明日から辞めたいけど、それはさすがに迷惑だと思うから、3月末まで頑張ります・・・。1ヶ月以上も前に言ったから大丈夫でしょ!って思っていました。
でも、役所は、4月の異動のタイミングのために多分膨大な仕事を人事の人たちがしていて、人事に迷惑をかけないためにはもっと早く言わないといけなかったみたいです。人が辞めるっていうのは全く想定されていないし。

(今の私からアドバイスするなら、「辞めたい」って思ったタイミングで、カジュアルな感じで「転職しようと思っている」って周りに漏らしておいた方が、後々スムーズに辞められます。自分の中で一大決心してから、直前に言うと、周りの衝撃が大きくて辞めるのにエネルギーがいります。事前に少しでも言っておくと、「あ、前にも言ってたもんね」ってなります。公務員の場合は、辞めたいとか言えるような雰囲気が全くないので、結構難しいと思いますが、冗談っぽい感じでも良いから言っておいた方が私は良いと思います。)

その後、課長に呼ばれて、会議室で、係長の時と同じようなことを話した気がします。

その後、人事係長とも会議室で話しました。

3回目の時は、もう結構投げやりって感じで、「辞めて何したいかっていうのはまだ決まってないけど、多分起業します」とか言ってました。笑
でも、その時は本当にそう思っていて、本音をぶつけていました。

こんなに辞めるのって大変なんだ・・・って思いました。
たくさんの人を巻き込んで、年度末で忙しい時期に、私が辞めるっていうだけで、何度も面談して、すごい大ごとになっちゃってるって思いました。

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2、辞めることへの反対意見

誰に言われたか覚えていないけど、「1年目で辞めてしまったら、これから職に就くの大変だよ。そしたら食べていけなくなるよ。」みたいなことを言われた気がします。
でも私は、そういうのはちゃんと調べていて、「第二新卒とかで募集してる会社もあります」って言いました。

今の私から、当時の私へアドバイスするなら、「1年目で辞めても、食べていけなくなる事はないよ!」って言うと思います。
日本社会は、キャリアが途切れる事をすごく嫌うけど、日本の会社に雇われる事に依存した考え方だと思います。
私の韓国の大学の同級生は、4年間で卒業した人は同じ学年の同じ学部で私を含めて3人しかいなくて、そのうち1人は大学院に進んだので、就職したのは2人だけでした。(韓国が就職難っていうのもあるけど) 一緒に卒業したのは、2~4歳くらい年上の人たちが多かったです。
他のほとんどの同級生は、休学したり留学したりして、まだ働いている人はほとんどいませんでした。
確かに、日本の社会で生きていくには、1年目で辞めたら不利になるのかもしれないです。
でも、そもそも私は、高校卒業後、一度、日本社会から離れた場所で過ごしているので、なんとなく、日本のルールだけにとらわれなくても、なんとかなるんじゃないかっていう気がしていました。不安になったのは間違いないけど。

韓国の大学に進学するときも、高校の先生から、「韓国の大学に行ったら、日本で就職できないよ。だから日本の大学に行って、交換留学とかで韓国に行ったら?」と言われたことがあります。
その時もすごく不安になったのですが、私の両親が、「韓国の大学に行ったから日本で就職できるとか、できないとか、それは関係ないと思う。韓国の大学で何を学んでどういう人間になったかっていうのが大事だ」と言ってくれて、留学を決断することができました。

それに、実際、日本で就職できたし!
むしろ、「韓国の大学」っていうと、公務員受ける人の中では珍しかったので、面接では有利だったと思います。
(今思うと、結局は他の人と同じことじゃなくて、珍しいことしている方が色々有利だと思います。)

だから、人のアドバイスって、全然当てにならないっていうのを、なんとなくわかっていました。

あと、これは職場の人からではないのですが、「とりあえず3年は勤めなさい。」と言われたこともあります。
「3年勤めれば、『3年間都庁で頑張った』という評価になる」みたいなことを言われました。
でも、当時の私は、今やっと1年くらい終わって、こんなに辛いって思っているのに、あと2年もこの仕事をするのはどう考えても無理って思いました。
なので、このアドバイスには、「そうかもしれないけど、私には無理です」って返しました。

私の両親は、多分内心は、「公務員辞めるのもったいない」って思っていたと思います。
公務員は、民間企業より、ラクでクビになることもないのにって。
でも、私が毎日、仕事が辛すぎるって言ってたので、辞めたいっていうことに対して、そこまで反対はされなかったです。

正直、自分が辛いって思っている仕事を、「ラク」とか「もったいない」って言われるともっと辛いんですよね。
誰かにとっては「ラク」かもしれないけど、私にとっては辛いし。だから全くもったいなくないのに!
でも、「え〜〜もったいない」って言われることは多かったです。
そう言う人には、どれだけ私にとって、もったいなくない仕事なのかを長々と説明しました。

3、異動の提案

そしてまた次の日、課長にまた会議室に呼ばれました。

今度は、「実は、4月から企画係か広報係のどちらかに異動させようと思っている。どっちか好きな方に異動させてあげるから、考えてみて?」と言われました。

私は、「でも、辞めたい事は変わらないです」と言ったのですが、「今決めなくていいから、よく考えて、明日答えを聞かせて」と言われました。

そのあと、私はすごく悩みました。

企画係は、どう考えても行きたいとは思いませんでした。
企画って名前はクリエイティブな感じだけど、私のいた部の企画係は、端から見た感じだと、上が決めた事を各部署に伝えて、各部署が考えた事を、資料まとめて上にあげるみたいな事をしている感じに見えました。(実際にその部署を経験したわけじゃないので、事実かはわからないです! あくまで、そういう風に見えたっていうだけです。)
でも、明らかに、民間企業の企画課みたいなのとは、ちょっと違う感じがしました。
役所っぽい感じで、ここで経験を積んでも、民間企業に転職した時に役に立たないだろうなって思いました。

でも、広報係は、実はちょっと楽しそうって思っていました。
私が1年目にいた庶務係の、すぐ隣の係で、なんかイベントとかの準備したり、取材対応したり、ワイワイやってる感じがして、楽しそうだなって思っていました。
イベント企画や準備、取材対応とかの経験は、もしかして民間企業でも活かせるんじゃないかって思いました。

すごく悩んだのですが、「とりあえず1年間、広報でやってみよう。もしそれでやっぱり公務員無理って思ったら、その時辞めれば良いや」って思い、次の日課長に、「企画は行きたくないけれど、広報に行きたいです。広報の仕事は民間に転職しても活かせると思いました。広報でやってみて、それでも辞めたいって思ったら辞めます」って言いました。

(今思うとかなり偉そう。私。笑)

課長は、「わかりました」ってホッとした感じで言ってました。

そのあと、状況を知った係長から、「部長がすごく心配していたから、謝っておいてね」とフォローがあり、部長に、「ご心配おかけしました」って言いに行きました。

部長とはそれまで直接面談はしていなかったけど、課長から報告は受けていたようです。

部長が引き止めたのかなって思いました。

そんな部長も、少ししたら別の部署へ異動になりました。
公務員は頻繁に異動するので、そんなもんです。

補足しておくと、公務員(私がいたところ)は、2,3年で異動になります。
管理職(課長以上)はもっと早いスパンで異動になることが多いです。
ですが、1年目で異動になることは、ほとんどないです。(でも課内の異動だったら、あり得るみたいですが)
なので、私が何もしなかったら、このまま異動はしないで、2年目も同じ部署だった可能性が高かったと思います。

3月末になると、4月異動の内示が出るので、みんなソワソワしています。
一応希望は書けるのですが、希望通りに異動できるかは運次第だし、全く違う部署で全く違う仕事をする可能性もあるからです。
周りは、「どうしよう。どこどこの部署だけは行きたくない!」とか「誰々さんは異動じゃなくて残るでしょ」とか話していて、ソワソワしていました。
「私は広報に行くけどね」って思っていました。
かなり無理やりだったけど、自分の異動進路を自分で勝ち取った気がしました。
(それにしては労力が大きすぎるけど)

そして、内示の日に、課長に呼ばれて、約束どおり「広報係に異動です」と言われてホッとしました。

そして、私は異動先で公務員2年目を迎えました。

1年目で辞めると言った時は、全然スムーズじゃなくて、色々な人に迷惑をかけてしまったけれど、その3年後に円満退職することになります。
迷惑をかけてしまった周りの人たちも次々に異動して、そのうち私が辞めたいって言ったことは、忘れ去られていきました。

第3話:公務員4年目で再び辞めようって思った編」へ続く。



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